大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)2472号 判決 1959年11月21日
原告 破産者 大和電気産業株式会社 破産管財人 安富敬作
被告 大東電線株式会社
主文
(一) 被告は、原告に対し金九六〇、六五〇円及びこれに対する昭和三四年六月一三日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 被告は、原告に対し別紙目録記載の物件を引き渡せ。右物件中引渡のできないものであるときは引渡に代えて、別紙目録当該物件欄記載の金員を支払え。
(三) 原告その余の訴を却下する。
(四) 訴訟費用は被告の負担とする。
(五) この判決は、原告において第一項について金一〇〇、〇〇〇円第二項について金五〇、〇〇〇円の担保を供するときは、各その部分について、仮に執行することができる。
事実
原告は「破産者大和電気産業株式会社と被告間において、昭和三三年一一月二七日になした、破産会社が訴外酒井建設工業株式会社に対して有する商品代金九六〇、六五〇円の價権讓渡はこれを否認する。」との判決及び主文第一、二、四項同旨の判決並びに主文第一、二項について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
「一、訴外大和電気産業株式会社(以下単に破産会社と称する)は大阪地方裁判所において、昭和三四年四月八日破産宣告を受け原告は同日その破産管財人に選任された。
二、破産会社は昭和三三年一一月二六日現在で約一、二〇〇万円以上の債務超過となり、同日手形の不渡を発表し、支払を停止した。
三、破産会社は、多額の債務超過となり、一般債権者のための共同担保であり、破産財団となるべき財産を減損し、それだけ一般債権者の受くべき満足を低下させることを知りながら、右支払停止の翌日である同月二七日被告に対する金九六〇、六五〇円の債務の弁済として、破産会社が訴外酒井建設工業株式会社に対して有する商品売掛代金債権五、〇一五、四八〇円中金九六〇、六五〇円を譲渡した右債権譲渡は被告が破産会社の代表取締役上田忠義に強要した結果なされたもので、被告は他の債権者を害すること及び右支払停止を知りながら右債権を讓り受け、昭和三四年三月一九日右訴外会社より金九六〇、六五〇円の弁済をうけたものである。
原告は破産法第七二条第一号により、仮にしからずとするも同条第二号により、右債権譲渡を否認する。そして、被告に対し、前記訴外会社より弁済を受けた額と同額の金九六〇、六五〇円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和三四年六月一三日より右完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四、更に被告は、破産会社の支払停止を知るや、不法にも実力を行使して破産会社からその所有の別紙目録記載の物件を持ち去り、現にこれを占有している。右物件は破産会社の破産財団所属の財産であるから、原告は被告に対し、右物件の引渡を求め、併せて被告において右物件の引渡ができないときは、その引渡にかえて右目録当該物件欄記載の本訴提起時(昭和三四年六月五日)の時価相当の価額の支払を求める。
と述べた。
被告は郵便による送達をもつて呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他準備書面を提出しない。
理由
被告は前記のように本件口頭弁論期日に出頭しないから、民事訴訟法第一四〇条によつて、原告主張の本訴請求の原因事実を自白したものとみなされる。右事実によれば、
(一) 本件債権譲渡は支払の停止があつた後に破産会社及び被告が一般の破産債権者の共同担保を害することを知りながら相通じてした破産会社の債務消滅に関する行為である。破産法第七二条第一号の規定する悪意否認は民法第四二四条の詐害行為取消とその実質を同じくするものであるが、債務の本旨に従つた弁済は、債務者が一債権者のために他の債権者に対する弁済を回避する等の不当な目的で殊更にその特定の債権者と通謀してした場合のほかは、詐害行為取消や悪意否認の目的とならないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三三年九月二六日第二小法廷判決参照)。又債務者か債務の弁済として第三者に対する債権を譲渡するのはその方法が義務に属しない異形弁済であるが、これによつて消滅する債務額が譲渡債権の額と同額もしくはそれより大である限り債務者の積極財産の減少はあるが同時に同額もしくはそれ以上の消極財産の減少を結果するから、本旨弁済と同じく前記の特段の通謀害意のある場合のほかは、詐害行為取消や悪意否認は成立しないと解すべきである。本件債権譲渡は破産会社の被告に対する債務の弁済として債務と同額の範囲においてなされており、かつ被告の強い追求をうけた結果破産会社がやむなく被告の要求に応じたものであつて、両者は相共に一般債権者の共同担保を害することを知つていた事実関係にはあるがそれ以上破産会社が被告のために他の債権者に対する弁済を回避する等の不当な目的で殊更に被告と通謀してしたというような特段の通謀害意の存することの主張立証はない。それゆえ、本件においては悪意否認の成立を肯定することはできないから、原告が破産法第七二条第一号によつてこれを否認することは理由がない。しかしながら、破産法は同条第二号ないし第四号として、債務者が破産状態に陥つたいわゆる危機時期においてなす、債権者間の公平を害する行為の否認についての規定を設けている。本件債権譲渡は破産会社が支払の停止をした後にしたものであり、被告は支払の停止を知りながら、その譲渡を受けたものであるから、原告は破産法第七二条第二号によつて破産財団のためにこれを否認することができ、本件否認権の行使はこの点において正当である。本件債権譲渡が否認された結果、破産財団との関係においては、遡つて右債権譲渡はなかつたことになり、当然右債権は破産財団に復帰するわけであるが、被告はすでに右譲受債権を行使し、訴外酒井建設から譲受債権の全額金九六〇、六五〇円の支払を受けたため、譲り受けた債権は消滅しているから、譲受債権の返還に代えてその価額を償還すべき義務があるものというべきである。よつて本訴のうち、金九六〇、六五〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三四年六月一三日より右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるものと認められる。
(二) 被告は、被告が破産会社より不法に持ち去り、現に占有している破産財団所属の財産である別紙目録記載の物件を原告に引き渡す義務があり、もし引渡不能のときはその代償として右目録記載の本件口頭弁論終結当時の時価(反証のない本件においてはそれは本訴提起当時の時価と同額と認める)相当の価額を支払うべき義務がある。よつて、本訴のうち、右物件引渡及び執行不能の場合における代償金の支払を求める部分は理由があるものと認められる。
なお原告は本訴において破産法上の否認権に基づいて、本件債権譲渡を否認するとの判決を求めているので、その適否について判断する。否認権は破産法に規定するところであるが、破産者が破産宣告前にした破産財団に不利な法律的効果を生じる意思行為を破産財団との関係において無効とし財団の復元を生じさせる実体法上の形成権である。破産法第七六条によれば、否認権は訴又は抗弁によつて行使される。右規定の趣旨は相手方の地位の不安定を避け取引の安全を計るため、否認権の行使を確実にし、かつその結果を裁判上確定させることにある。したがつてその行使を訴又は抗弁によらしめるというのも、請求を理由あらしめるための攻撃方法として、又は請求を排斥するための防禦方法として主張せらるべきことを意味するに止まる。詐害行為取消の訴が取消という形成の訴と給付(もしくは確認)の訴の併合と認められるのと異なり、否認権においてはその行使が訴によつてなされた場合でも形成の訴というものは理論上ありえない。なんとすれば、第一に否認権は実体法上の形成権であり、否認権の行使は私法上の意思表示である。第二に破産管財人が訴状の送達又は口頭弁論における陳述によつて否認権を行使すると、否認の効力はその訴の確定をまたず即時に生じるものであつて、(破産法第七七条)否認の訴はその意思表示のあつたことを訴訟上の主張として訴の方法により提出するものと考うべきである。第三に抗弁による否認権の行使(詐害行為取消権には抗弁による行使ということがありえない)の場合と対比すれば、否認の訴として観念せられるものは、受益者又は転得者を被告として否認の結果を生じる権利関係を基礎としての給付(もしくは確認)の訴のみであると考えるほかはないからである。又実際上の見地からしても、否認の効果としての給付もしくは確認を求めれば必要かつ十分であつて、形成の判決は無用と解してなんらさしつかえがない。それゆえ、否認の訴として否認を宣言する判決を求めることは許されないものといわなければならない。否認の訴を認容する場合には、当該行為を否認する旨の形成判決をなすべしとする見解(昭和七年六月二日大審院判決、昭和一一年七月三一日同判決参照)もないではないが、当裁判所は以上の理によつて、これに従いえない。本訴のうち、本件債権譲渡の否認の宣言を求める部分は不適法として却下を免れない。
よつて、本訴請求は前記(一)及び(二)の範囲において正当として認容し、否認の宣言を求める部分は却下し、民事訴訟法第八九条第九二条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 平峯隆)
目録<省略>